窓の向こうのガーシュウィン第4回(宮下奈都)感想文
小説すばる(集英社)で連載中の宮下奈都作「窓の向こうのガーシュウィン」も4月号で第4回。
初めて読んだときの好印象が、それ以来ずっと続いている。ストーリーそのものは、何かを原因としてちじこまってしまい、社会に適応できないでいる19歳の女性に、新たな何かが出会いをきっかけとして生まれてくるという、そう珍しいものでもないが、
私にはなんだか、文体ともあいまって、しっくりくるものがある。静かな変化が、主人公の心の中だけでなく、自分自身にも起きているようで・・・・・・。
まあ誤解なのだけれども、誤解が楽しめるならば、いい時間が過ごせるならば、それは私にとって素敵なことなのだ。
初めて読んだときの好印象が、それ以来ずっと続いている。ストーリーそのものは、何かを原因としてちじこまってしまい、社会に適応できないでいる19歳の女性に、新たな何かが出会いをきっかけとして生まれてくるという、そう珍しいものでもないが、
私にはなんだか、文体ともあいまって、しっくりくるものがある。静かな変化が、主人公の心の中だけでなく、自分自身にも起きているようで・・・・・・。
まあ誤解なのだけれども、誤解が楽しめるならば、いい時間が過ごせるならば、それは私にとって素敵なことなのだ。
ドクダミ(梶よう子)感想文
小説すばる(集英社)に不定期連載される、梶よう子の作品。草花の知識は一流、一方、野心というものはどこかに置き忘れ、一見ぼんやりとした頭の鈍い人物のように見えるが実は、という水上草介を中心として、時代小説は穏やかな筆遣いで進行していく。
11月号のお題は「ドクダミ」。匂いから嫌われるこの雑草(?)をきっかけとして、
職業に貴賎はないとはどういうことなのか、
(大概の場合は自分の能力を実力より高く見積もるものだが)自分の才能・能力を見極める難しさ、
世の中にそれを生かすとはどういうことなのか、
自分は何をしたいのか、
といった難しいテーマを、草介の才をある人物が見抜いたが故に、考えさせられていく。
草介はどうするのだろうか、はらはらしながら読み進め、最後にはしみじみとしていた。「地獄への道は善意という敷石で舗装されている」というが、今回はあらゆる登場人物が善意で、行き先は美しいものであることにも癒される。
考えさせられて、そして気持ちのいい思いを受けた傑作だと思う。
11月号のお題は「ドクダミ」。匂いから嫌われるこの雑草(?)をきっかけとして、
職業に貴賎はないとはどういうことなのか、
(大概の場合は自分の能力を実力より高く見積もるものだが)自分の才能・能力を見極める難しさ、
世の中にそれを生かすとはどういうことなのか、
自分は何をしたいのか、
といった難しいテーマを、草介の才をある人物が見抜いたが故に、考えさせられていく。
草介はどうするのだろうか、はらはらしながら読み進め、最後にはしみじみとしていた。「地獄への道は善意という敷石で舗装されている」というが、今回はあらゆる登場人物が善意で、行き先は美しいものであることにも癒される。
考えさせられて、そして気持ちのいい思いを受けた傑作だと思う。
ワーカーズ・ダイジェスト(津村記久子)完結
私は、純文学と大衆文学やエンターティメント文学の違いを知らない。
せいぜい前者は、一部の評価は高いらしいけれども、そう売れるものではないらしい、ということくらいだろうか。
私にとっては、読んだことによって、何かが得られたり、考えさせられたり、楽しい時間が過ごせたり、暫くたってもう一度ページを開きたくなったりするならば、それは素敵な作品だ。分類には興味がない。
それは評論家なり、文学好きがなさればよいことだ。
さて、純文学の登竜門芥川賞を2009年に受賞した津村記久子のワーカーズ・ダイジェストが、小説すばる(集英社)において、11月号まで3か月間集中連載された。30代前半という微妙な年代の男女の、職場における、そしてプライベートにおける悩みや、その淡くも不思議な二人の関係を淡々と描くこの作品には、惹きつけてやまないものがあった。
そう、純文学がエンターティメント文学かは知らないが、私は満足した。こういう経験を得られたことを幸せなことだと思う。
せいぜい前者は、一部の評価は高いらしいけれども、そう売れるものではないらしい、ということくらいだろうか。
私にとっては、読んだことによって、何かが得られたり、考えさせられたり、楽しい時間が過ごせたり、暫くたってもう一度ページを開きたくなったりするならば、それは素敵な作品だ。分類には興味がない。
それは評論家なり、文学好きがなさればよいことだ。
さて、純文学の登竜門芥川賞を2009年に受賞した津村記久子のワーカーズ・ダイジェストが、小説すばる(集英社)において、11月号まで3か月間集中連載された。30代前半という微妙な年代の男女の、職場における、そしてプライベートにおける悩みや、その淡くも不思議な二人の関係を淡々と描くこの作品には、惹きつけてやまないものがあった。
そう、純文学がエンターティメント文学かは知らないが、私は満足した。こういう経験を得られたことを幸せなことだと思う。
六月の輝き 最終回(乾ルカ)感想文
小説すばる(集英社)の連載の中で、私が最も楽しみにしていた作品「六月の輝き」(乾ルカ)が、9月号で最終回を迎えた。
私の予想通り、今月号が最終回だったし、最後の語り手も「彼女」だったが、ラストは期待以上のものだったし、「彼女」は、予想外の「彼女」だった。毎号の連載を読むごとに私の期待値をあげつつ、次号でそれ以上のものを突き付けられるこの経験は、実に心地よいものだった。また、各回の進め方は、連載小説の特性を最大限に生かしたものだと思う。
毎回、話の切なさ、やるせなさに心を刻まれつつ、何回も読みなおした(そう、現在小説すばるの7、8、9月号を並行して読むはめになっていたり、新たな本に手を出す余裕がなかったり、このブログの更新が少なかったりする責任の多くは乾ルカさんにある(笑))
ラストを読み終わった今、あれだけ読んだにもかかわらず、「ああ、伏線がこんなにあったんだ」という気付きが私に押し寄せてきた。毎号の連載に驚嘆し、ラストに締め付けられ、最終回を読んだ瞬間に、改めて最初から読みたくなる、読みたいシーンが浮かんでくる・・・・・・乾ルカさん「六月の輝き」という素晴らしい作品をくださってありがとう。
私の予想通り、今月号が最終回だったし、最後の語り手も「彼女」だったが、ラストは期待以上のものだったし、「彼女」は、予想外の「彼女」だった。毎号の連載を読むごとに私の期待値をあげつつ、次号でそれ以上のものを突き付けられるこの経験は、実に心地よいものだった。また、各回の進め方は、連載小説の特性を最大限に生かしたものだと思う。
毎回、話の切なさ、やるせなさに心を刻まれつつ、何回も読みなおした(そう、現在小説すばるの7、8、9月号を並行して読むはめになっていたり、新たな本に手を出す余裕がなかったり、このブログの更新が少なかったりする責任の多くは乾ルカさんにある(笑))
ラストを読み終わった今、あれだけ読んだにもかかわらず、「ああ、伏線がこんなにあったんだ」という気付きが私に押し寄せてきた。毎号の連載に驚嘆し、ラストに締め付けられ、最終回を読んだ瞬間に、改めて最初から読みたくなる、読みたいシーンが浮かんでくる・・・・・・乾ルカさん「六月の輝き」という素晴らしい作品をくださってありがとう。





